
「色っぽくならないように」…歌唱アプローチ
――美依紗さんの歌のイメージって、たとえば「美しい響き」「キレイ」「透明」「どこまでもの伸びていく」というような、すごくポジティブな印象で「圧倒的歌唱力」「鮮やかな感情表現」「等身大の輝き」「世代を限定しない、広く届く響き」を持つアーティストとして広く認知されていると思いますが、自身にとって新境地となるダークな世界観の「Finale」に対してどういうアプローチを心掛けましたか?
●この曲は主人公の「家政婦クロミ」目線で歌っている曲、歌詞なので、クロミのキャラクターを深堀して、そこに私の声をどう乗せていくかを意識しました。いままでは「力強い」や「キレイ」、「明るい」という歌唱表現が多かったんですけど、今回は「透明感」と「力強さ」の両方を入れて、「純粋」な声と「陰」のエネルギーのパワフルさというのを楽曲の中に歌で入れることを意識しました。
――サウンドは、不安、緊張を煽るサスペンス感が特徴で、少しホラーも感じるような前半と、それを受けたサビでは「負」の感情が解き放たれたかのような大きな起伏を、強く太い声で描いています。例えば歌の最初、冒頭からの「Aパート」は、ダークで、緊張感、狂気、湿気を帯びたサウンドに、落ち着いたトーンの歌唱で、とても激しい内容の歌詞を歌っています。家族の「幸せ」を「果実」に例えて、「その果実(幸せ)が熟して腐って虫が湧くから捨てる」と冷静に言い放つ感じ。そういう内容です。「幸せも度が過ぎると熟して虫が湧く、そんな幸せは捨ててしまえ」という、世界観、主人公のキャラクターを匂わせているパートです。
●このAメロはおっしゃったように、サウンドとしては少しホラー感もありながら、平静を装ったような落ち着いたトーンのボーカルです。ちょっとウィスパーに近い声で、どちらかというと無感情で、熱のない感じ。ただ言っていることはすごく激しく厳しいというか、その怖さをきちんと感じられるように意識して歌いました。それと、もうひとつは、色っぽくならないように気を付けました。
――「色っぽくならないように」というのは?
●ウィスパー(ささやき)ボイスは、セクシーな印象になりがちなんです。普通にささやき声で歌うと、すごく色っぽいニュアンスになってしまうんですね。だけどこの「Finale」の世界観には、セクシーな要素は必要ないので、色っぽくなりすぎないように意識して、このパートはレコーディングしました。
――なるほど、難しいですね。
●そうなんです。なので、レコーディングのときも何回も同じテイクを録りなおして、「これが良いかな? あれが良いかな?」ってスタッフと話し合いながら進めました。「ちょっと(歌の)線が細いほうがいいかな」とか、「深い、ウィスパーボイスがいいのかな?」とか、本当にいろいろ録って試しましたね。
――聴いている側としては、本当に自然に歌の世界に入り込めましたし、「この曲は、ただならぬ物語なんだな」「次に何が来るの?」という期待と不安も沸きます。
●よかったです(笑顔)。
――聴き手が「次に何が来るんだろう?」と感じたところで、次のBパートでは、サウンドとしては少し落ち着きますが、ボーカルはさらにホラー感が増した感じです。
●ウィスパーボイスというかゴーストボイスというか(笑)。幽霊の声のような、そういうニュアンスですよね。「腐った幸せの果実を、ひとつひとつもぎ取って、テーブルに並べる」ということを、不気味に静かに歌ってます。耳もとでしゃべっているような、包まれるような、そういう不気味さを出したかったので、現場のスタッフと一緒に、みんなでこだわった部分です。
――果実に例えられた「幸せ」、その果実をひとつひとつもぎ取って、テーブルに並べる、という動作の説明、それがその声で歌われているという不気味さ。「え? その熟した幸せの果実をテーブルならべてどうする気なの?」というサスペンス感です。背後から耳もとでささやかれるような「お化け」の感じも(笑)。
●そうですね「お化け」感(笑)。
――不気味なんですけど、でも、声は美しいんですよね。冷たい美しさから来る不気味さというか。
●ありがとうございます。まさにそれが狙いだったので。
――そして歌は、次のサビへと続くわけですね。「腐った幸せの果実をテーブルに並べてどうするの?」という聴き手の気持ちを受け取って応えるパートです。
●サビでは、「陰」のエネルギー、暗いエネルギーを爆発させるイメージで歌いました。
――前半のA、Bパートとは、違って、太く濃い声というイメージを受けました。
●そうですね、太さもあると思いますし、声の深さも違うと思います。
――このサビでは、「陰」のエネルギーを爆発させるイメージで<完璧で完全なフィナーレを迎えましょう>と歌っています。
●腐った幸せの果実をもぎとってテーブルに並べて<完璧で完全なフィナーレを迎えましょう>と歌うわけですが、どう考えてもハッピーエンドではないですよね。
――救いがないというか、出口がないというか。
●そうですよね。歌唱としては、サビなので「盛り上がり」は必要なのですが、解決に向かうのではなく、「出口のない」「どうしようもない」というニュアンスを含んだ盛り上がりをどう表現するかを試行錯誤しながらレコーディングしました。いろんなバターンを試しましたね。「Aメロ、Bメロのニュアンスのまま声を張るとどうなるか?」とか「“太い”と“明るい”を混ぜたらどうなるか?」とか「太くて深く」とか…。ただ力強く歌えばいいというわけではないですし、張っている声って、声を張り上げると一つの型になってしまうので。張っている声のバリエーション、ニュアンスをホントに何度も試しましたね。
――張っている声のバリエーション、ニュアンスが難しいとのことですが、このサビパートでは、美依紗さんがそもそも持っていらっしゃる「陽」のイメージもどこかに感じられますよね。「暗い」「陰」となっても、嫌な感じはしないというか、過剰な湿気感とか、そういうのは感じなかったです。
●へぇ~(意外)…【次回掲載へ続く※】
※この記事の続きは、次号【OUT of MUSIC 88号本誌】、もしくはこの【OUT of MUSIC WEB】にて掲載予定です。
【XでOUT of MUSICオフィシャル情報をチェック!】
清水美依紗(しみず みいしゃ)
2000年3月10日生まれ、三重県鈴鹿市出身の歌手・ミュージカル俳優。歌手として、ディズニーのグローバルな祭典「アルティメット・プリンセス・セレブレーション」の日本版テーマソング「Starting Now 〜新しい私へ」の歌唱アーティストを担当。2022年、メジャーデビューシングル「High Five」をリリース。2024年10月にはドラマ「全領域異常解決室」のオープニングテーマ「TipTap」をリリースし、YouTubeの再生回数は370万回を突破。歌手として、ミュージカル俳優として活躍。2024年12月からはミュージカル「レ・ミゼラブル」にエポニーヌ役で出演中。2025年1月11日、テレ東系ドラマ24「家政婦クロミは腐った家族を許さない」主題歌、10th Digital Single「Finale」リリース。同年5月、6月はミュージカル「ビートルジュース」の再演も決定。